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2010-04

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『墨攻』 酒見賢一

百家争鳴といわれた中国戦国時代の墨子を祖とする墨家を題材にした架空の物語。
その主人公革離がいままさに攻められようとしている小城に乗り込み、守城を指揮する。戦争指揮の全権をとった彼は、猛烈な勢いで、陣頭指揮をとる。攻める敵はプロ、守るこちらは素人集団。いかに備えるか、その子細が面白い。

-結局、守禦術の極意は民心の統御なのである。民に不満を起こさせたり、疑惑を抱かせたりすることが敵よりも恐ろしい。そのためには信賞必罰を旨とし、決して不満を起こさせないようにする。つねに民の和合を計るように気を配る。民心の和合こそがいかなる守城設備より重要なものであった。これさえあれば土塁も堅城となり、城は不落の要塞と化す。

もうひとつのおもしろさは、墨家という思想集団の考え方、社会のとらえ方である。中堅幹部たる革離の理想とリーダーたる田巨子とそのブレーンの考えのずれが、革離の仕事ぶりの何ともいえない虚しさのような気分をかたちづくっている。この墨家の思想こそが、墨守であり、本書のタイトル墨攻である。

現実を見ると、この墨家の思想はほとんど生き残ることがなかった。時代と社会の大きな波に逆らうかのような面が思想を飲み込んでいったのであろうか。この小説の中では、物語の進行の合間にそうした墨家独自の思想も紹介してくれるので、物語を離れて墨家そのものへの一層の関心が深まるしかけになっている。

困難に飄々と立ち向かう革離の姿は、ページに挟まれる何ともかわいげのある挿絵の風味とあいまって、ひきこまれるものがある。小品ながら、味わい深い一品だった。


墨攻 (新潮文庫)墨攻 (新潮文庫)
(1994/06)
酒見 賢一

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『冬の鷹』 吉村昭

江戸時代、田沼意次が政治を動かしている頃の話である。四十歳を越えてオランダ語習得を志した前野良沢は、長崎まで留学するも、遅々として学習がはかどらない。当時のオランダ語通訳は通詞とよばれ、世襲制で、閉鎖的であった。そのことも災いし、門外漢の良沢はとまどうばかりだった。

-「たしかに、そのような風潮はございます。しかし、それは通詞の仕事がいかに困難なものであるかをしめすものとも申せます。通詞はオランダ人の言語をお役人につたえますが、江戸、中津、長崎の言葉が異なりますように、オランダ人も出身地によって異なった言語をつかいます。それを苦心して理解しお役目をはたすことは、並大抵のことではございませぬ。通詞は、それぞれ真剣に努力をいたしておるのです。そうした日夜の苦しみが、通詞を偏狭なものにしているのではないでしょうか」

そんな折、ようやく買い求めた仏蘭辞書を見た途端、あまりのわからなさに巨大な絶望感にとらえられる。そして手に入れたもう1冊のオランダ書「ターヘル・アナトミア」がオランダ語学習への入口となった。まったくの偶然から、長崎留学の前から知り合いだった杉田玄白も同書を所持していたのだった。

二人は揃って、骨ヶ原刑場に罪人の腑分けと称する解剖を見た帰りに、玄白の提案でこの書の翻訳を志す。かろうじてオランダ語が理解できるのは前野良沢だけという状態で、苦心惨憺、3年あまりを費やして完成したのが、解体新書だった。この書をきっかけに、杉田玄白は蘭方医として成功していき、元々が藩医である前野良沢は、語学を究めんと没頭していく。

--良沢殿は、医業よりもオランダ語研究を重視している。それ故に完全な翻訳をねがっているのだ。しかし、私は、あくまで医家だ。翻訳は、新しい医学知識を得るための方便に過ぎず、人体がいかなる構造をもつものかを公けにすることが医家である自分の悲願なのだ。

玄白の思いである。意外にも、苦心して翻訳した解体新書に訳者として名前を載せることを良沢は拒んだ。
-「私は、長崎へオランダ語修得に出かける心がまえとして、神に誓いを立てたのでござる。オランダ語の研鑽を深めることができますように祈るとともに、その修得は決して名をあげるためではない。もしもこの学業が聞達の餌となすことところあらば神明これをつみせよと祈願いたしたのでござる。以上のような理由で、私は翻訳書に名をのせていただくことをご辞退いたしたい」

玄白は良沢の思いを、完全主義者として、翻訳の出来映えを不十分で不満をいだいているととらえるが、出版をやめようとはしない。しかしながら、処世に長けた玄白は、良沢と諍いをおこすこともない。
二人の対照的な生き様は、一旦、交わり合ったものの、どんどんと離れ、表面的に敵対しないものの、その後再び交わることはなく、たがいに干渉しない人生を送る。

成功者として、揺るぎない地位と富を着々と築く玄白に対し、清貧的な生き様で、オランダ語修得を究める良沢。生き方の違う二人に、軽躁的な人物として描かれる平賀源内、尊皇思想家の高山彦九郎などを配し、二人が亡くなるまでが描かれる。主役は前野良沢であるが、あえて成功に背を向ける、頑ななまでの生き様に共感を覚えず、医学の発展に貢献するという栄誉によくする杉田玄白的生き方に共鳴する読者もいるかもしれない。おそらくは、性格の問題なのかもしれない。人との交際を好まず、ひたすらに学問に打ち込もうとする良沢のひたむきさを奇異に覚え、薄気味悪く、また後ろめたく思う玄白の心情も、読者はまた理解できる。

しかしながら己の信念にもとづいて、最後まで世俗的な成功を求めなかった良沢をより、より賞賛したい気持ちは作者同様である。いずれにしても、前野良沢というまっすぐな情熱を持った才人がいないかぎり、解体新書は世に出なかったのであるから、この点は杉田玄白も大いにひけ目を感じてよいのだろう。


冬の鷹 (新潮文庫)冬の鷹 (新潮文庫)
(1976/01)
吉村 昭

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『大江戸曲者列伝 太平の巻』 野口武彦 

歴史の素顔はゴシップに宿る。林羅山以下、江戸時代に生きた人物をユニークな視点でつづった人物誌。短いページで、ひとりのエピソードを紹介した本書は庶民から公儀、遊女から犯罪人までどこから読んでも、文句なく面白い。
太平の巻のほかに、幕末の巻もあるが、こちらの方がどことなくバブル的で能天気で読んでいて楽しい。

くだらなさで傑作なのは、「スカトロ宴会」と題された水上美濃守の章。あまりに下品なので、紹介も憚れるが続徳川実紀に書かれているそうである。

また、「生涯実直」の章では、役人が昇進祝いに上役をもてなす場面で、みやげにもたされた菓子。
-旗本たちはブランド志向が強い上に、日頃から口も肥えている。森山孝盛の後で組頭になった永井久馬は、慣例通り初寄合を催したが、それがもとで同役たちから赤っ恥を掻かされる羽目になった。後から一人が、「土産にもらった羊羹はどうも鈴木越後ではないのではないか」と言い出し、もう一人が「そういえば拙者もおかしいと思った」と応じ、それから我も我もと同調した。餡漉しが粗かった、鈴木越後ならもっと細かくてあんな味ではないというのである。永井を座敷に呼び出し、皆で取り囲んで詰問した。
 永井は汗だくになって、実は予算の都合で「金沢丹後」にあつらえたと告白した。同じランクの一流ブランド店である。しかし一同は承服せず口々に責め立て、とうとう永井は畳に手を突いて謝らされた。
 これが天下の直参旗本の日常だったのである。

という具合に、よく時代の雰囲気を伝えてくれる。

「幕末のパラサイト」では、滑稽本にまつわる話から文政年間のようすをわかりやすく。
-江戸では《茶番の世代》がかたちづくられていた。(中略)
 この茶番の世代にとっては、笑いが社会との接点であった。どこにでも笑いのネタを探し求める。どんなことが起きてもまず第一に、笑いを取るチャンスと錯覚する癖がついてしまっていたのだ。

何か現代の話のような気もするが、次の章もそんな印象の「旗本のイジメ殺人」
新参者イジメが盛んだった江戸の旗本社会。
-登校拒否ならぬ登城拒否の症状を示す者もいて、「鯱病」(しゃちびょう)といったそうだ。登城口の見付門には鯱の飾りがある。それを見ると、「今日もイジメられるのか」と思って足がすくんでしまうというのだから、イジメの根はどうも江戸時代の昔から深いようなのだ。

深刻である。
ちょっとユニークなのは、「いつも万葉気分」の平賀元義。万葉の昔にあこがれるだけでなく、完全に万葉人になりきってしまった男。歌人である。歌だけでなく生き方も万葉。技巧をせず、直球勝負。恋の情念もまっすぐで直情型。ある意味、幸せな一生を送ったようだ。

最後にもうひとり。井関隆子。教養ある女性の日記を題材に、江戸時代のトイレや汲み取り事情に話が広がる。

いやはや、スカトロ宴会に始まり、最後は雪隠の話題になったところで、頃合いはよしというところでしょうか。やめにしたいと思います。なかなかに楽しく読める一冊でした。


大江戸曲者列伝―太平の巻 (新潮新書)大江戸曲者列伝―太平の巻 (新潮新書)
(2006/01)
野口 武彦

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『ニコライ遭難』 吉村昭

明治24年、後にロシア皇帝となるニコライ皇太子が来日した。シベリア鉄道起工式でウラジオストックに赴く途中での訪日だった。長崎、鹿児島、神戸、京都などから東京に向かう予定だった。なぜか鹿児島が入っていたことから、西南の役に破れた西郷隆盛がロシアに逃れ、それを護送してくるためだという噂が当時まことしやかに流れたそうである。
長崎、鹿児島、神戸を経て京都まで各地で大歓迎を受けながら、滋賀県の大津を訪れたときにいわゆる大津事件が発生した。

-道の右手にある下小唐崎町五番地の津田岩次郎宅の入口の前にも巡査が立ち、皇太子の車が車輪の音を鳴らせて近づいてゆくと、姿勢を正して敬礼した。
 皇太子の車がその前を通りすぎようとした時、挙手の手をおろした巡査が、急にサーベルをひきぬき、進む人力車の右側一尺ほどに走り寄った。
 刀身が陽光を反射してひらめき、その刃先が、鼠色の山高帽をかぶった皇太子ニコライの頭に打ち下ろされた。

よりによって皇太子を襲ったのは暴漢ではなく、警備の巡査だった。当時の日本は不平等条約の改正に腐心し、法整備を進め、法治国家たるべく努力をしていた。軍備も産業もロシアはもちろん、列強に遠く及ばず、国をあげての歓迎の最中の出来事は、まさしく国難だったに違いない。

この国難をいかに乗り切ったかということを、当時と同じ時間や息づかいのなかで伝えてくれるのが、この作品の魅力だ。時代の空気や人々の生き方を丹念に調べたであろうエピソードの積み重ねで描いていく。それら時代に生きた人たちは、庶民であったり、官の様々な立場の人たちであったり、とこの事件に関わった人たちを丁寧にひろいあげていく。

物語は目の前に差し迫るいくつもの抜き差しならぬ課題をどう乗り込めるか、どきどきさせながら進んでいく。ひとまずの問題は皇太子の受傷による容態である。もし、万が一のことがあれば、戦争にも発展しかねない。これは幸いにも重傷にはいたらなかった。次に皇太子の訪日スケジュールが予定どおりいくかということである。本来なら東京に来訪し、明治天皇と会う予定であった。これも、途中でへそを曲げて帰国されると国と国の問題に発展しかねない。

これには、天皇みずからが即座に京都に皇太子を見舞うという誠意あふれる対応で、皇太子にも十分な謝意を伝えることができた。幸いに皇太子は東京行きを強く希望するが、治安を心配した母親のはたらきかけもあり、父皇帝の命でスケジュールなかばで日本を離れた。

皇太子が去った日本では、対露関係から犯人の処罰が次の問題となった。為政者は場合によっては、多大な賠償が求められ、戦争にも発展しかねないという恐ろしい危惧を抱いていた。ところが、ここでもまた難題があった。しかも国内に内在する問題であった。

当時の刑法では第百十六条に天皇・三后(大皇太后、皇太后、皇后)・皇太子に対シ危害ヲ加ヘ又ハ加ヘントシタル者ハ死刑ニ処ス、とあり、皇太子ニコライを日本の皇太子と同一のものとみるかどうかが争点となった。当然に法の精神は日本の皇太子のみをさし、外国の皇太子には適用されないというのが、司法界の大方の見方だったようである。その場合、一般人に対する謀殺未遂ということになり無期刑になる。何が何でも死刑にしないとロシアに体面上まずい、というのが、総理大臣はじめ各大臣の考えであった。この対立はかなりこじれる。

薩長閥以外からなる司法界は法解釈の歪みに対して頑強な姿勢を崩さない。面倒と思ったのか、たとえば後藤逓信相は、幕末の頃のような過激な意見を元老伊藤博文に言う。
-「もしも、裁判で死刑にすることが困難である場合、一つの策があります。刺客に金をあたえて津田三蔵を殺させ、病死したと発表するのは容易です。ロシアでは、よくこのようなことをして処理するときいております」

おいおい、といいたくなるが、

-後藤の言葉に、陸奥もうなずいた。

伊藤の名誉のために。

-伊藤の視線が、二人にすえられ、
 「なんという愚かしいことを口にするのか。決してそのようなことはすべきではない。いやしくもわが国は法治国家であり、そのような無法はゆるされぬ。人にむかって語るも恥ずかしきかぎりだ」
 と、怒声に近い声で言った。

片やどんな無理難題を押しつけられるかと犯人の一命をさしだそうとする側と、心情はじゅうぶんに理解できるが、あくまでも法文を遵守し、法治国家の体面を保とうとする側。過ぎ去ってしまえば、歴史の一こまに過ぎない出来事も、当時の感覚では読めば、冷や汗ものである。そうした歴史の一面をていねいに伝えてくれる。

物語は、犯人の巡査が死去するまでをたんねんに描くが、結局のところなぜ、という動機はもはや本人以外、もしかしたら本人にもよくわからないままに、時代は大きな変化を遂げていく。強露を恐れるかのように国をあげての熱心な歓迎と皇太子を襲った凶刃は、表裏一体かもしれない。犯人捕縛と皇太子救助に功のあった二人の車夫も思わぬ形で、栄誉とその後の挫折があった。

国のためにという一心で、それぞれの立場から困難に立ち向かった当時の人たちの勇気と誠実さがよくわかる。ちなみに解説がとてもよく、あらためてこの作品のすばらしさを伝えてくれている。

ニコライ遭難 (新潮文庫)ニコライ遭難 (新潮文庫)
(1996/10)
吉村 昭

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Author:yeria
つれづれなるなるままに。
面白かった本があると連想的に関連する本を読む傾向があります。
通勤電車の中(居眠りしながら)が主な読書時間です。

 

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