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『冬の鷹』 吉村昭

江戸時代、田沼意次が政治を動かしている頃の話である。四十歳を越えてオランダ語習得を志した前野良沢は、長崎まで留学するも、遅々として学習がはかどらない。当時のオランダ語通訳は通詞とよばれ、世襲制で、閉鎖的であった。そのことも災いし、門外漢の良沢はとまどうばかりだった。

-「たしかに、そのような風潮はございます。しかし、それは通詞の仕事がいかに困難なものであるかをしめすものとも申せます。通詞はオランダ人の言語をお役人につたえますが、江戸、中津、長崎の言葉が異なりますように、オランダ人も出身地によって異なった言語をつかいます。それを苦心して理解しお役目をはたすことは、並大抵のことではございませぬ。通詞は、それぞれ真剣に努力をいたしておるのです。そうした日夜の苦しみが、通詞を偏狭なものにしているのではないでしょうか」

そんな折、ようやく買い求めた仏蘭辞書を見た途端、あまりのわからなさに巨大な絶望感にとらえられる。そして手に入れたもう1冊のオランダ書「ターヘル・アナトミア」がオランダ語学習への入口となった。まったくの偶然から、長崎留学の前から知り合いだった杉田玄白も同書を所持していたのだった。

二人は揃って、骨ヶ原刑場に罪人の腑分けと称する解剖を見た帰りに、玄白の提案でこの書の翻訳を志す。かろうじてオランダ語が理解できるのは前野良沢だけという状態で、苦心惨憺、3年あまりを費やして完成したのが、解体新書だった。この書をきっかけに、杉田玄白は蘭方医として成功していき、元々が藩医である前野良沢は、語学を究めんと没頭していく。

--良沢殿は、医業よりもオランダ語研究を重視している。それ故に完全な翻訳をねがっているのだ。しかし、私は、あくまで医家だ。翻訳は、新しい医学知識を得るための方便に過ぎず、人体がいかなる構造をもつものかを公けにすることが医家である自分の悲願なのだ。

玄白の思いである。意外にも、苦心して翻訳した解体新書に訳者として名前を載せることを良沢は拒んだ。
-「私は、長崎へオランダ語修得に出かける心がまえとして、神に誓いを立てたのでござる。オランダ語の研鑽を深めることができますように祈るとともに、その修得は決して名をあげるためではない。もしもこの学業が聞達の餌となすことところあらば神明これをつみせよと祈願いたしたのでござる。以上のような理由で、私は翻訳書に名をのせていただくことをご辞退いたしたい」

玄白は良沢の思いを、完全主義者として、翻訳の出来映えを不十分で不満をいだいているととらえるが、出版をやめようとはしない。しかしながら、処世に長けた玄白は、良沢と諍いをおこすこともない。
二人の対照的な生き様は、一旦、交わり合ったものの、どんどんと離れ、表面的に敵対しないものの、その後再び交わることはなく、たがいに干渉しない人生を送る。

成功者として、揺るぎない地位と富を着々と築く玄白に対し、清貧的な生き様で、オランダ語修得を究める良沢。生き方の違う二人に、軽躁的な人物として描かれる平賀源内、尊皇思想家の高山彦九郎などを配し、二人が亡くなるまでが描かれる。主役は前野良沢であるが、あえて成功に背を向ける、頑ななまでの生き様に共感を覚えず、医学の発展に貢献するという栄誉によくする杉田玄白的生き方に共鳴する読者もいるかもしれない。おそらくは、性格の問題なのかもしれない。人との交際を好まず、ひたすらに学問に打ち込もうとする良沢のひたむきさを奇異に覚え、薄気味悪く、また後ろめたく思う玄白の心情も、読者はまた理解できる。

しかしながら己の信念にもとづいて、最後まで世俗的な成功を求めなかった良沢をより、より賞賛したい気持ちは作者同様である。いずれにしても、前野良沢というまっすぐな情熱を持った才人がいないかぎり、解体新書は世に出なかったのであるから、この点は杉田玄白も大いにひけ目を感じてよいのだろう。


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吉村 昭

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